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筆を捨て、焼き鳥に持ち替えた

小さいころは本物のアホだった、
会話が苦手。
当然、何一つ勉強もできない、
5教科のテストを足しても100点には届くことはなかった。
学校の中で1番2番に成績は悪かったことは覚えている。

そこまでくると
アホだからいじめられたり、
馬鹿にされることはない。
そんな事にも気が付かないほどの恵まれた才能。

しかし
言いたいことはある。
伝えたいこともある。
でも言葉が出てこない。
うまく話せない。
気づけば黙っている。
言葉を持たない幼少期。
ある日、
ひとつの答えを思いつく。
絵を描いて、
音楽を奏でた。
言葉の代わりに、
線で伝え、音で伝えた。
それが自分にとっての表現。
いわば第二言語の習得だ。

でも、現実がある。
絵や音楽では食べていけない。

食べていけない時間も、
今になってはいい思い出だ。
どうしてもタバコが吸いたくて、
暗い夜道を数キロも下を向いて
「しけもく」を探し歩いた。
最終的は栄養失調で無事保護された。

あの時、
祖母からもらった
1000円を握り締め
夜中のコンビニに駆け込み、
一気に飲んだ乳性飲料『ピルクル』は心にも体にも深く深く染み込んだ。

限りなく甘く、優しい味の思い出。

好きなことと、
生きていくことの間には、
いつも大きな溝がある。

その溝の前で、

静かに、そっと筆を置いたのだ。

焼き鳥との出会い

その頃、
嫁のお腹には
新しい命が宿っており、
つわりも終わりかけの頃、
僕に焼き鳥を買ってきて欲しいとお使いを頼まれる。

僕は意気揚々と焼き鳥屋の前に立つが、

「扉を開けられない」

あの大人びた扉を開け、
持ち帰りを注文する勇気がない
小心者。
しぶしぶコンビニで揚げ物を買って帰ったその日。

大人の食べ物だった焼き鳥を、子供も入りやすい店にしてやろう。

本気でそう思った。
次の日には会社を辞めていた。
32歳、狂咲。
修行に飛び込んだ朝、
嫁は笑ってた。

限りなく、おっさんには厳しい修行の日々を命からがら潜り抜け

数年後、炭火の前に立ったとき、
何かが似ていると感じた。

火の強さを読む。
鶏肉の状態。
タイミングを計る。
そして、
こだわりの一本を仕上げる。

これは表現だと気が付く。
言葉がなくても伝わる。
説明しなくても、
口に入れた瞬間にわかる。

美味いか、
美味くないか。

それだけだ。
絵や音楽と、同じ感覚。
筆を、
焼き鳥に持ち替えた瞬間の始まり。

焼き鳥は、僕の第二言語だ

今でも、言葉より手が先に動く。
説明するより、
焼いて出す方が早い。
語るより、
食べてもらう方が伝わる。
だから一本一本に、妥協しない。
職人とアーティストは、
本質的に同じだと思っている。
どちらも、
自分の中にあるものを外に出す仕事。
言葉じゃなく、
作ったものが語ってくれる。
炭火の前に立つたびに思う。
これは表現だ。
言葉が苦手だった自分が、
炭火という言語を手に入れた。
焼き鳥一本に、
自分のすべてを込める。
それがお客さんの口に入った瞬間、言葉なしに伝わる。
美味いか、美味くないか。

ただ、それだけだ。

新しい仕事を選ぶとき、
正解かどうかはわからない。
僕もわからなかった。
デザイナーとして積み上げてきたものを捨てて、
炭火の前に立つ。
それが正しいのか、
間違いなのか。
でも今はわかる。

飛び込んだ先にしか、見えない景色がある。

筆を焼き鳥に持ち替えて、
16年が経った。
後悔は一度もない。

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